昔の家紋はコンパス・定規で書かれていた

デザイン的な完成度が高く今見ても全く古い感じがしない家紋。世界的に有名なルイヴィトンのロゴマークも家紋がモチーフにされていると言われています。今でこそコピペすればパソコン初心者でも簡単にプリントできますが、昔の人は同じ家紋を「袴」「牛車」「旗」などサイズや素材が違うものに描くことができたのでしょうか?

江戸時代には「紋屋」と呼ばれる専門の職人がたくさんいた

それまで貴族や武将のものだった家紋は江戸時代に一気に数を増やします。江戸幕府が町人に対しても紋をつけることを認めたからです。また、火事が多い江戸の町と家紋の関係は別の記事で書いたので興味がある方はご覧ください。

上絵師と呼ばれる家紋をデザインする、今でいうイラストレーターのような人にデザインを頼み、染物屋さんや縫物師に仕上げを頼むのが一般的でしたが、江戸時代にはそれらの工程に加え補修や加工など家紋を専門にした「紋屋」と呼ばれる職人が現れました。

「定規」と「コンパス」を使用

今みたいにillustratorやPhotoshopなど便利なデザインツールはありませんので、基本的にはすべて定規とコンパスでデザインします。

江戸時代のコンパス = 分廻し

当然ながら今のようなコンパスはなく、江戸時代では竹で作られた「分廻し」と呼ばれる道具と筆を使って、丁寧に絵柄を描いていました。

家紋をまとめた「紋帳」

紋屋には家紋をまとめた「紋帳」という書物があり、注文を受けるとまずこの紋帳で家紋の形を確認します。家紋のデザインにはある程度の規則性があるので、オリジナルの家紋を作る際にもまずは型となる家紋の形を確認したそうです。

家紋の書き方 「三つ巴紋」

家紋のサイズは時代と共に小さくなる?

平安時代など主に天皇や貴族が階級を表すために使用した家紋ですが、江戸時代に入り普及するにつれてサイズはどんどん小さくなってきた歴史があります。
現在、「紋付き袴(もんつきはかま)」と呼ばれるような着物に入れる紋のサイズは
・女性 5分5厘(約2.2㎝)
・男性 1寸(約3㎝)
上記サイズが多いです。
昔のように家柄や格式を重んじるというよりは、形式的に入れているケースが多くなってきているからでしょうか。

日常生活で見る機会が少なくなっている家紋ですが、このままなくなってしまうのはとても寂しいことなので、家紋の魅力をもっと広めていけるように頑張ります!